vol-68 障がいに対する誤解~ライフ編~

これをご覧になってる皆様は健常者ですか?

それとも障がい者と呼ばれる方ですか?

私的には同じ地球上に住んでいる人間を、二分化するのはどうかと思いますが、生きてく上ではハンデがある人間が健常者と呼ばれる五体満足の人の手を借りなければ生きていけないのが現状です。

 

私たち障がい者は、同じ境遇の者同士集まり、勉強会などを通して、意見交換や現状の生きずらさなどを語り合ったりして互いの存在価値などを認め合ったりしています。

障がいと言っても十人十色。

人の顔や性格が違うのと同じで、障がいだって障がい者の数だけ違います。

そこを理解してもらうには、時間がなかなかかかります。

 

私の場合ですが障がいが重複しています。

視覚、言語、身体といわゆる重度障がい。

 

そこで私が経験した「???」な現状を一部お伝えしたいと思います。

 

 

☆その1☆私は赤ちゃん!?

手動の車いすで移動し介助者と共に外出。

その場での一コマ・・・。

介助者に指示を出し飲み物を介助。

やや離れたところからマダムが突進「おたくは意思疎通ができてよかったわねぇ。」

と、突然頬に手が伸びビックリ。

他にもスーパーで手を握られたり、頭を撫でられたり・・・

心の中では「私は結構いい年なんだけどなぁ・・・」

 

どんなに重度でも意思だってありますし幾つになるまで見知らぬ人から頭を撫でられるやら。

☆その2☆障がいに対する誤解

言語障害は聴覚障害とは全く別物です。初診の病院や、ボランティアさんとの会話。

私がゆっくりとたどたどしい口調で話すと、相手は必ずと言っていいほど大きな声でスローペースで返事を返してきます。

言語障害=聴覚障害(ろう者)という思い込み。

自ら訂正しようとしても負のスパイラル。

話すだけで体力消耗。

結論・諦めが肝心

☆その3☆何をどうすれば良いのでしょう?

地元で歩いているとたびたび言われる一言。

「頑張ってね。早く治してね。」

私はオシャレも好きですし、外出時はメイクだってします。

するとまったく面識のない人にはどう映るのでしょうか?

たんに怪我をした者にしか見えないのでしょうか。

そして何を頑張ればよいのでしょうか。

☆その4☆車いすに乗っていると・・・

かなり昔の話ですが施設に入所していた時期がありました。

その際家族と外食に。

日中からビールや日本酒を飲んで気分がよくなった年配男性二人組。

「おねぇちゃん頑張ってるねぇ。よかったら食うかい?」と。

地元名産の梨を差し出され

「さっき採ってきた採れたてだよぉー。」

また最近の話しでは、友人と近くのファミレスでランチ。

その帰り道気の良さそうな地元の白髪交じりの男性が「うちにも居たんだよ。大変だろう。」

畑から採ったばかりのほうれん草を差し出された経験も。

おそらくこの男性の身内にも障がい者がいて、在宅介護の経験があり大変だったよと、言いたかったのでしょうか。

 

また目に見えない障がい「精神障害」の方は見た目だけでは、判断のつけようがないので、苦労が絶えないそうです。

 

 

以上編集長の経験談でした。

 

 

 

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カテゴリー: life
vol-68 障がいに対する誤解~ライフ編~” への1件のコメント
  1. Senna より:

    キヨヲコさん
    自分が障がいの認定を受けているため負け惜しみでいうわけではないのですが、そもそもなにをもって健常者というのか自分にはわかりません。あえて挙げれば障がい者(この定義も難かしいのですが今回は傍においとくとして)、ではない人達の分類でしかなく、総てが健やかな人が存在するとしたら、それはもはや人間ではない神が創造した完璧な生き物、ハリウッド映画で制作してほしい(笑)、でしかありえないと思うのです。
    人である以上なんらかのコンプレックスを抱えている、ひいては皆が障がいを持っているともいえるのではないでしょうか。
    社会の人達の多くの意識として、障がい者は不幸で哀れな存在なので思いやりの気持ちで接しなければならないという固定概念のようなものが根強くあると思います。
    これには大きな二つの思い違いがあると思うのです。
    一つ目は先述したように誰もが障がいを抱えているとの前提にたてば、車椅子に乗っていたり、杖を使っている私達とは著しく身体の機能に不自由を抱えているのかいないのかの違いであり、 同等な社会の一員として捉えるのが自然だということ。健常者同士ではありえないような過剰な親切心を表す必要などありません。
    二つ目は古今東西、老若男女、障がいがあろうと なかろうと皆が困った時じゃお互い様で助け合うのは当たり前であり、障がいがある人に特に思いやりの気持ちでというのはちょっと違うと思うのです。健常者同士でも力ある人が重いものを持ってあげるというやり取りは、あらゆる所で日常的に目にする光景です。その感覚の延長線上として捉えるのが自然だと思うのです。
    あと重要なのは想像力をどれだけ膨らませられるかですかね。少なくとも自分がされて不快になるようなことは他人へすべきではないということ。
    自身へ言い聞かせる意味でも留意したいと思います。
    それではまた失礼します。

    • orihime より:

      sennaさん
      でました!
      キヨヲコ知恵袋のベストアンサー(笑)
      いつもきれいにまとめてくださってありがとうございます。

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